東行庵に春よ来い!2003.03.11update

「長州は奇兵隊の国である」 by司馬遼太郎
・・・だ、そうだ。
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下関市吉田・・・・下関といえば「海峡のまち」として有名なんだが この吉田地方は市街地から離れた長府から さらに外側にある小月より さらに外側にあるひなびた町だ。周りは山と田んぼに囲まれて もはや「下関」というよりは隣の「美祢市」や「菊川町」と同じような雰囲気があるな。
しかし吉田は「単なる下関の郊外」というだけではなく 「奇兵隊のふるさと」ということで独自のアイデンティティを貫いた町づくりをしている場所だ。歴史を大事にしながら それでいて観光客もまばらで(いいのか?)非常に落ち着いた場所だぞ。
吉田の商店街などは昔の商人の町の雰囲気をうまく残しながら それでいて適度なさびれ具合がなんとも・・・河川公園や温泉があるのもなんとも情緒があってよろしい。わしも仕事中に静かに仮眠をとるときはココに・・・いや、わしの熱心な仕事振りについては別にここで語ることもあるまいな。
そんな吉田地方を車で走らせていると 「誰がこんなところに見に来るんだろうな〜」というような田んぼの真中に ぽつんと銅像が建っているのを発見。
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| なんでもココに奇兵隊の陣屋があったらしい。(そのまんまだな・・・) まあ、目立たないのが逆に趣があるというか・・・(言葉を捜すのが難しいな) |
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このように町の彼方此方に奇兵隊と隊員たちにまつわる史跡や名所が点在しているんだが やはり吉田地区で代表的なのは 何はなくとも高杉晋作(号は東行)の墓のある「東行庵」だろうな。 では早速サラッと「東行庵」を紹介しようっ!
♪タカスギ〜 タカスギぃ〜ぃ タカスギ〜・・・高杉、高杉、たかすぎぃ〜かいはつぅ〜〜〜♪
・・・なんてCMソングは全然関係ないぞっ!!
高杉晋作については 有名だし いろんなHPで語られているんでココではあまり詳しくは書かないが、要は「明治維新で活躍した人」だ。
身分に関係なく入隊できる「奇兵隊」を組織したひとで 後に「デューク東行」と名乗り 幕府の要人を次々と暗殺したのは有名な話だろう。(えっ?)
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「東行庵」(とうぎょうあん)・・・久坂玄瑞とともに吉田松陰門下の双璧といわれた高杉晋作(後の東行)の愛人おうのが出家し、梅処尼と名のってここで晋作の菩提を弔ったそうだ。ちなみに右上の写真の墓が晋作の墓なんだが そのほかに奇兵隊の隊員たちの墓や顕彰碑、記念館もあったりする。 要するに寺なんだが、園内には晋作の好きだったとか言う梅をはじめ 菖蒲や桜なんかが植えられて 市民の憩いの場所となっているぞ。入場料は無料だが あちこちに募金箱が置かれていたなあ・・・ (←)左下の 家みたいなのが「東行庵」そのもの。もともと山県狂介(有朋)が住んでいた無隣庵を伊藤博文らが愛人おうのに寄贈したものなんだと。 どうでもいいけど「狂介」ってネーミングは何を意図してつけたんだろうな?山県有朋よ・・・わしは「究極 変態仮面」を思い出してしまったぞ。 で、右下が「東行記念館」 晋作の遺品なんかを展示していたが 設備の老朽化と維持していくための金銭的問題から平成15年に突然閉鎖されてしまった。 で、残された晋作の遺品を巡って 晋作の墓のある下関市と生まれ故郷の萩市とが必死で駆け引きをしていたわけだが 結果として萩市の新博物館で保存されることになったのだった・・・。 これが「東行記念館閉館事件」の顛末だな。 |
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| グルメタイム |
| さて 折角「東行庵」に来たからには やはり名物の「晋作もち」を紹介せねばなるまいっ! ・・・と、思ったんだが 実は今回、この東行庵に来る前に 同じく吉田にある「湯谷温泉」を堪能して あまっさえ「湯谷まんじゅう」を1パックほど買って(一人で)食ってしまったために もちを食う勇気が無かったのだ。
これも東行庵のすぐ前にある店で頂けるぞっ♪
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さて、吉田地区はこれでとりあえず離れて 次なる私の「なごみスポット」なんだが・・・
私の勤めている会社は新下関駅近くにあるんだが そこから長門、菊川、豊田地区に向かうときに いつも気になっていたスポットが2つほどあるのだ。今回はそこを調査・紹介することにしよう。
ホントは私の営業中の休憩スポット、「深坂自然公園」や「緑の砂防公園」も紹介したかったんだが・・・とりあえず内日地区に向かう途中にある「老僧岩」と「音無稲荷大明神」が怪しくて気になっていたのだ。この2つを紹介しているHPはそんなにないんで この写真は貴重だぞっ!
老僧岩・・・たぶん住所は「下関市小野」だと思うんだが、ネットでもヒットしなかったんでよっぽどマイナーな存在なんだろう。まさにこのホームページにピッタリのスポットだな。
ネーミングから想像するに、おそらくは老いたお坊さんの形をした岩なんだろう、とか思っていたんだが・・・
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これが道路に面して掲げられている「老僧岩」の看板。いろいろな御利益があるみたいだ。 なんでも4日、14日、24日が縁日らしい・・・ 「この先200M」と書かれているんで そこにきっとお坊さんの形をした愛らしい岩が鎮座しているんだろうな・・・ |
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と、思ったら どうやら200Mは石段の登山みたい・・・これは相当の体力を必要としそうだな。 いや、実際 そんじょそこらの登山よりきついぞ。 なんていうかな、昔のままの石段なんで歩きにくいんだろうな。 わしは半分くらい上ったところで心臓と膝が笑い出したからな・・ |
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で、必死こいて登った先にあるのが この「老僧岩」だっ!
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・・・どうやら「老僧岩延命地蔵尊」というのがココの正式名称らしい。 とりあえずここまで登るには体力がいるんで ご老人にはかなりの負担と思うが、延命の為なら多少 心臓に負担がかかろうとも いたしかたあるまい。 敷地の入り口に「お百度」と書かれた石柱があったのが気になったが・・・百回あの石段を上り下りするのは辛かろうな・・・ 左の写真の奥にある建物が本堂で その裏に右写真のような岩がある。この岩が「老僧岩」なんだろうな。全然「ラブリー」じゃないぞ・・・ |
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「この奥に十六羅漢さん お釈迦さん お観音さん お地蔵さんが安置してあります」 と、書かれているとおり 一つの岩の中にいろんな仏様がいらっしゃるのだ。確かにありがたいといえばありがたいか。 そのほかにも敷地内には多くの祠があって ありとあらゆるバージョンの仏様が祭られているぞ。こりゃお得っ♪ もちろん本堂も覗いてみたんだが なかなか年季を感じさせる作りになっている。 わしのようなふざけた男でも なんとなく信心深くもなろうというものだ。 |
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さて、次なる「なごみスポット」、下関市内日にある「音無稲荷大明神」を紹介しよう。
ここはなんと言っても その不自然にまで目立っている大鳥居も気になっていたんだが、その鳥居の下にある「御滝」と書かれた看板が大変興味をそそるわけだ。
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下関から菊川方面への何もない一本道を進んでいくと いやがおうにも目に入ってくる大鳥居。これが「音無稲荷大明神」の参道入り口だ。鳥居は山に向かってもう一本立てられているんで おそらく「御滝」とやらは山のふもとにでもあるんだろう。 下関にも「滝」があったんだ・・・しらなかったぞ。 ここまではわし一人での単独行動だったわけだが、やはり「神社」「滝」そして「音無」とくれば あの男を呼ばないわけにはいくまい・・・・ |
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「響子さん、好きじゃあぁ〜〜〜!!サクラさ〜ん!!」
・・・・と、いうわけで ここから我らが世紀末リーダー、たろう隊長と合流して 早速「音無稲荷」と「御滝」を調査だっ!!
前もって付近で農作業をしているオッサンに聞き込み調査をしたところ、
「あ〜、神社は二股の道を左に登っていけば建っちょるいね。そりゃあ立派なモンっちゃ。 滝は・・・・・ガードレールに沿って山を小一時間ほど登っていくと あるには ある。」 ・・・という証言を頂いたぞ。
ちなみに語尾に「っちゃ」と付くのは単なる山口弁で 別にこのオッサンが高橋留美子ファン、というわけではないぞ。
どうでもいいが 「あるには ある」という含みのありそうな言葉が気になるが・・・
で、丘をとことこ登っていくと 場違いと思えるほど赤々とした立派な神社が見えた。これがこの部落の人々の信仰も厚い「音無稲荷神社」なのだっ!!
本殿と思われる建物は 小さいながらもドギツイまでに映える朱色・・・最近建てられたばかりなんだろうか?
わしもこれまで数々の神社や鳥居を見てきたが 間違いなくその赤さはベストワンだ。 これほど目が痛くなるような見事な赤は見たことないなあ。ペンキ塗りたてでもココまで赤くは無いと思うぞ。
さて、ここでマメ知識なんだが この神社、元々は商売繁盛、家内安全の神社で京都伏見神社の流れを組む由緒正しき稲荷神社なんだそうだ。
なんでもこの音無部落は日清・日露・太平洋戦争を通じて一人も戦死者を出さなかったことから この辺りでは「家内安全に御利益がある」と結構有名な神社らしい。
ちなみに本殿はこの真っ赤な社ではなく、じつは千本鳥居を登った先にある鉄筋の建物にご本尊と思われる鏡が置かれている祭壇があるのだ。

で、このようななが〜い鳥居の階段を黙々と登るハメに・・・
ここでふと気が付いたんだが この鳥居、豊浦にある「福徳稲荷」みたいに塩ビのトイで作られたものだった。
そういえば福徳稲荷の鳥居も ココと同じようにやたら朱色が目立っていたっけ・・・・
後で地元のオッサンに聞いたところによると この音無稲荷も豊浦の福徳稲荷も ついでに山口県庁のとなりの神社も、下関や北九州で手広くホームセンターのチェーン展開をしている「とみ○ま」の社長が一人で多大の寄付をして建てられたものなんだそうだ。
ま、もともと商売の神様だからなあ。
しかし わしらが油谷の竜宮の潮吹きにある神社に鳥居を一本寄進するのに比べて なんとも豪快な寄付のしかただな・・・。
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「百度石」がここにもあるなあ・・・まあ 先の「老僧岩」のお百度に比べたら敷居は随分低そうだが。 鳥居をすべてくぐり終えると このような祭壇の置かれている建物がある。これがどうやら本殿なんだそうだが 見晴らしのいい大きな窓がある ちょっとした休憩スペースもあって なんとなくフレンドリィ♪ ちなみにここの神社は 毎年11月23日の勤労感謝の日にお祭りがあって 周辺の部落の人が総出で接待をしてくれるそうだ。 これはチェックだなっ! |
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じゃ、次にメインイベントの「御滝」を探してみよう。
確かに看板があるんで あの山のふもとにあるんだろうな・・・
この舗装された道のりを辿っていくと 上に溜池があって、そこからさらに先にいくとこのような藪道がある。
オッサンの話だと「小川に沿って登っていくと滝がある」とのことなんだが・・・
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不安に駆られながらも更に進むと なにやら鳥居と小屋らしきものが・・・鳥居に堂々と「音無稲荷」と書かれているんで もしかして昔はココが音無稲荷と呼ばれていた場所なのかもしれないな。 ここには不動様が祀られていて、その横に湧き水がチロチロと垂れ落ちていたが・・・まさかこれが「御滝」なのか? いや、普通、この程度の水の流れを「滝」とは言わんだろう・・・ |
じつはその「まさか」で、この写真の不動様の隣にある黒っぽい岩にチロチロと流れているのが 何を隠そう「御滝」だ。
その水の流れはあまりに細く繊細なんで デジカメ画像ではよくわからないが・・・
実はこのあと 隊長とふたりで 「見た目で滝とわかるもの」を探して さらに林の中を突き進んで迷ってしまったのだ。ヒーコラ言ってふもとに下りて さっきのオッサンに確認したところ やっぱりこれが「御滝」であることを告げられ ガックリと肩の力を落としてしまったんだが・・・
今はあまり人も来ない場所だが 昔は修行者や何かを祈願する人が鳥居の後ろの掘っ立て小屋(実は着替え用の小屋らしい)でフンドシ一丁になって この滝に打たれて身を清めていたそうだ。
どうでもいいけど ここにあるお不動さま、どこかの国の総理大臣にそっくりだぞ・・・・。
・・・・そんな罰当たりな感想を胸に抱きつつ、今回の調査は幕を閉じたのだった。
| 一口メモ | |
下関といえば やはり観光地としては唐戸、長府エリアが有名なんだが 卑怯なくらい面積が広い街なんで 結構マニア好みのスポットがあちこちに点在している。今回は比較的有名な吉田の「東行庵」と 全然メジャーでない内日の2スポットを紹介したが また機会があれば「安岡・綾羅木地区」「一の宮地区」「ヒコットランド」なんかも紹介してもいいかな?と思っているぞ。 いつかは巌流島や蓋井島なんかも渡ってみたいんだが・・・ ちなみに右の写真は不動明王と見つめあい 宇宙的なエネルギーで交信を試みるたろう隊長。
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