イラと万灯会が萩の夏の終わりを告げる!2000.08.28.update

海岸線を駆け抜けて行く山陰本線の1両列車(「電車」ではない)
いままで様々な穴場を探険してきた我々探険隊ではあるが、ふと気が付くと周辺の市町村は精力的に調べているんだが肝心要の我が故郷、「萩市内」については見島以来 全く足跡を残していないではないか。
「むう、灯台下暗しとはこの事か!」 そこで今回の探険は萩をレポートする事になった。決して「時間も無いし、面倒くさい」という理由じゃないぞ!
そこで急遽 たろう隊長の元に隊員達が召集され、萩のどこを探検すれば良いか?という会議が行われた。
「しかし萩といっても 『松陰神社』や『萩城跡』とか『高杉晋作旧宅』なんかのめぼしい所は観光ガイドに載っているし、今更自分の生まれた町の歴史を紹介しても面白くないだろ・・・。我々探険隊は『普通のガイドには載っていない穴場』を広く世間に知らしめるのが目的だし(うそくさい・・・)萩のどこにそんな穴場が・・・」
「馬鹿者!!たかがガイドブックの情報で萩の全てがわかると思うのか!?松陰神社には我々の同級生の『よーちん』が働いているし、萩城のある指月山には 昔 ばら隊員が足を踏み外して死にかけた危険な崖があるだろ?そんな事が観光ガイドに載っているか?(そりゃ載ってないわなぁ) そういうスポットを探険して少しでも萩の観光の活性化に役立てることが我々の存在意義なのだ!!」
「くはぁ!隊長!わしが間違っていたぞぅ!!」感涙にむせぶ ばら隊員。 そうなのだ、我々にはそうゆう高尚な目的があったのだ・・・。
「で、今回の探険地は・・・『萩の夏』をレポートするために海に行くぞ!!」
「・・・・『菊ヶ浜』か?意外と平凡だな。あそこは観光客も沢山いるし 特に紹介するほどの場所では・・・? それなら『木与』のほうが風情があると思うが、あそこは萩市内と言う訳ではないしな・・・。わかった!『大井の浜』だな?」
「ふっ!甘いな、たーし隊員。我々にとって海と言えば『倉江の浜』じゃないか!!ここは地元の人しか行かないし HCFMメンバーにとって田町商店街の『山本玩具店』に次ぐ聖地だぞ。紹介しないわけにはいくまい!!」
「倉江の浜」・・・萩市の西に位置する玉江駅から細〜い道をたどって数キロの玉江先灯台から数百メートル、県道64号の三隅に向かう海岸線が倉江と呼ばれるスポットだ。浜とは言ってもほとんどが岩に覆われた北長門国定公園の一部であり、HCFMの怪しげな8ミリ映画の撮影も行われた我々には縁の多い海水浴場(遊泳禁止のような気もするが・・・禁猟区だし。)だ。当然 シャワーや売店などの設備も無く 自然そのままの姿なんで観光客もいないし、岩場なんでサーファーやボートもいない落ち着いた場所だ。
今回はこの「倉江の浜」でも特に通好みの「青長谷」(あおばせ)と呼ばれる所(我々は「倉江より奥にある一帯」をそう呼んでいるのだ。)を中心に探険する事になったのだ!!
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・・・・・まあ、そんなことを言いながらも結局 海に行ってやった事は探険ではなく甲羅ぼしだったんで たいしたレポートもできないぞ。 で、死んだように眠るたろう隊長の写真を何枚も紹介してもしょうがないんで ここでは何枚か取った写真を中心に「倉江の浜」を紹介しよう。 ←すでに幽体離脱寸前のたろう隊長。 |
しかし今回改めて気づいたのだが こんな自然の宝庫である倉江にも近くにコンクリートの無粋な建造物が立てられてしまった。このコンクリート塊が何の目的で、どーゆー機能を持っているかは知らないが 本当に必要なものだったんだろうか?
できることなら人の手を加えない自然のままの姿を後世に残しておきたいのだが・・・・。
←無粋だなあ・・・
「よし、萩の海を探検するという我々の重要な使命はとりあえず終了じゃ! ではこれから我々自身が「夏」を満喫するためにかき氷を食いに行くぞ!!」
・・・35歳の男が3人、かき氷を食べるためにわざわざ向かったのは なぜか萩では倉江と全く逆の方向にあたる萩駅だった・・・。
萩駅・・・・本来 萩の交通の要であるはずの駅なんだが「歴史的価値」が災いして開発に取り残され、「表玄関」の立場を新しくできた「東萩駅」と「萩バスセンター」に奪われてしまった。
老朽化もひどく、このまま寂れていってしまうんでは?と危惧していたが この度 なんと昔の情緒を残したまま新しく生まれ変わったぞ。
駅のホームなどは相変わらず情緒たっぷりなんだが 観光資料館を兼ね揃えた「観光のためのターミナル」という新しい顔を持つようになった新名所だ。ここはまだ余り知られていないんじゃないのかな?
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| 新しい観光名所として生まれ変わった「JR萩駅」。 「萩市自然と歴史の展示館」がとなりに併設されているので 観光案内の中心として利用できるんではないかな? これは大正14年に建築された旧萩駅舎を再現したもので、当時の西洋建築を垣間見る事ができるぞ。 電話ボックスも大正末期の頃の型式に復元されている。この型は日本で唯一らしいぞ。 ・・・・・ちなみに駅そのものは 無人駅だ。キオスクはあるけど。 |
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我々が向かったのは この萩駅ではなく、たろう隊長の行き付けでもある「山本食堂」だ。ここは萩駅の隣と言う非常にわかりやすい場所にあり、全く気取らないで「お袋の味」を安価で美味しく食べられる超マイナーなグルメスポットだ。
では早速 かき氷を戴くことにしよう。
| グルメタイム | ||||||
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「ふぅ・・・海で泳いだし、かき氷も食ったし、今年の夏の行事も終わったな・・・。これでわしも探険レポートが書けるわい。いやあ、良かった良かった。」
「ぶわっかも〜〜ん!!萩の夏の風物詩と言えば『万灯会』があるだろうが!!本来は花火大会や『お船謡』も紹介したいんだが もう終わったんで仕方が無い。
今晩行われる『大照院の万灯会』に探険に行くぞ!!」
「万灯会」・・・・「まんとうえ」と読む。萩の夏の風物詩で例年13日に「大照院」で「迎え火」が、15日に「東光寺」で「送り火」が行われるのだ。
大照院は毛利藩主の初代と2代から12代までの偶数代の藩主の墓が、東光寺には3代から11代までの奇数藩主の墓があり ともに毛利藩の菩提寺だ。
大照院は603基の石灯籠、東光寺は500基の石灯籠があるが、その石灯籠に火を灯し、祖先の霊の送り迎えをする行事を「万灯会」と呼んでいるのだ。
今回、その「大照院万灯会」の様子を写真に収めたのだが、夜間撮影が私のデジカメでは不可能なため普通のフィルムで撮ろうとしたが 久しぶりのカメラで、しかもターゲットが焦点の定まらない夜間の灯篭なんで上手く撮影ができなかった。
ブレてはいるが雰囲気だけでも伝われば・・・ということで翌日改めて写しておいた昼間の様子とあわせて掲載しておこう。もうすこしカメラの練習もしないとなあ・・・。
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| 臨済宗南禅寺派・霊椿山大照院 万灯会の夜はこんな風にライトアップされる。 でも普段の夜は人の気配のまるで無く、漆黒の闇に覆われるんでスゲェ怖いぞ!! |
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「じゃあ、中に入るかのう。」 人ごみのに押されながら中に入ろうとする ばら隊員。そこにたろう隊長が一言。
「・・・おい、灯篭をカメラで撮るまえに、ちゃんとここの竹藪をチェックしたんだろうな?」
「?・・・タケヤブ?そんなものを撮って何か意味があるのか?」
「・・・・・馬鹿者!!そんな事も知らんのか!この蒙古斑野郎!! この竹をさわって見ろ!!」たろう隊長の言うままタケヤブの竹に触ってみる ばら隊員。
「あああっ!!こ、これはっ!!」 驚くばら隊員。
そう、なんと、ここの竹薮の竹は角柱で切り口が正方形なのだ!! 「ふっ!知らなかったようだな」・・・さすが隊長、恐るべき知識だな。
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上左・・・何の変哲も無い大照院の竹薮。 上右・・・ ちょっと画像が小さくてわかんないが切り口は確かに四角いぞ。 ←この角竹の事を記した解説文の看板。 「この竹は角竹(四方竹)といい、秋に竹の子でる。」 と、書かれている。 秋に竹の子?そりゃ珍しい。 しかし この立て看板、卒塔婆じゃないのか? う〜ん、お寺ならではのリサイクルですなあ・・・。 |
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むう、大照院の竹もチェックしたし、それでは早速 万灯会をレポートしよう。

灯篭に灯す火を喜んで採取するたろう隊長。
ホントにこういうイベントには目が無いなあ・・・。
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| 「幽玄」という言葉がふさわしい万灯会の様子。 600基もの灯篭に灯された灯りが圧巻、華麗、優雅・・・。 |
「おうどいろマン」のロケ現場にて。 ばちあたり・・・・ |
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| ちなみに昼間の大照院はこんな感じ。 国指定重要文化財の木造赤童子立像や、木造釈迦如来座像、 庫裏(ともに県指定文化財)、などがある。 (左の写真をクリックすれば大きい画像が) この日は特別に経堂の中身が公開されていたな。 ♪ヴァジュラ オン、ヴァジュラ オン〜♪(そんな歌、普通の人は知らないって) |
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この大照院、東光寺の万灯会というのは わりと有名なイベントなんでTVなどで見た事がある人もいるかもしれない。萩市民にとって「お盆」の恒例行事なんで 万灯会が終わると萩の人は「夏の終わり」をしみじみと感じるのではなかろうか?
夜7時に始まり一斉に市民がやって来て 夜10時には元の静けさを取り戻す、まるでカゲロウのようにはかない、そして華麗な行事だと私は感じてしまった。
毎年スポーツクラブの少年達が万灯会の時に山門の入り口で「ラムネ」を売っているが この子達が大きくなっても変わらずに続いていて欲しい行事だなあ。
| 一言メモ |
| 今回は「盆」の帰省時の取材ということもあって 萩を代表する行事「万灯会」と私の最も好きな海「倉江」を取り上げたが、萩を語る上でこれらはホンの一部に過ぎない。 これからも観光ガイドでは取り上げない視点で萩と周辺の街を紹介していきたいと思います。 今回の取材では歴史については全く触れなかったが、大照院に興味を持った人は下の萩市や個人で作っているHPで詳しく扱っているのでそちらを参考にして下さい。(特に山城精機の「社員が紹介する山口の観光案内」は絶品です。) でも、ここは来るだけでも毛利藩の治めていた時代を感じる事のできる何とも言えない風情のある場所なんで、萩に来る機会があれば東光寺とあわせて是非訪れてみてはどうでしょうか? 今回参考にした資料HPはこちら。 萩市ホームページ・・・http://www.urban.ne.jp/home/hagicity/main.htm 山城精機製作所HP・・・http://www.sanjo.co.jp/sanjo.html 萩焼ギャラリー・彩陶庵HP・・・http://www.joho-yamaguchi.or.jp/saito-an/index02.html デルタシティ・萩・・・http://www.st.rim.or.jp/~y-kaji/ |