March 19, 2007
春なのに・・・
ども、オードブルの残り物と葬式饅頭が三日三晩続いて 少々胃もたれ気味のBARAです。

いやいや、友人達や一部の人にはお知らせしたとおり、実家の父が他界して しばらく落着かなかったんで日記もお休みさせていただいていたんだが、とりあえずは一段落ついたんで先ほど下関のアパートに戻ってきたぞ。
明日はとりあえず会社に出て 夕方には初七日の法要があるんで再び萩に戻る予定だ。
忌引なんで一週間くらいは休んでも構わないと思うんだが 正直言って一通りのことが終わったら コレといって何かしなくちゃならないことがあるわけじゃなし、仕事の方はわしが休んだからといって特に業務に支障をきたすような影響なかったと思うのだが、明後日から日曜日まで休日返上の現場作業が待っているんで その前にとりあえず会社の人に挨拶くらいはしておかないとならんからなあ。
このサイトを御覧のお客様にも色々心配を掛けてしまったかと思うが とりあえずボチボチと日記も再開していきたいと思っているぞ。
親父は10年前に脳梗塞で倒れてから 体の半身に麻痺が残っていて それでも体調そのものは安定していて特に変わったことも無かったんだが 2週間前から突然立てなくなって、80近いという年齢の問題もあったんで それなりに食も細くはなっていたんだが それでもまあ意識はしっかりしていたんで それほど切羽詰った感じはなかったんだがな。
先週の水曜日の夜に兄貴から「急に苦しがり始めたから病院に連れて行く」という連絡を受けて 次の日の朝に慌てて病院に向ったんだが 結局 死に目には間に合わなかったな・・・
わしも実家から離れて暮らしていたから介護らしい介護もしてないんだが 人に迷惑を掛けることを何より嫌に思う人だったし、寝たきりになった期間も短かかったし全くボケずに最後の最後までしっかりと生きていたのは親父らしいと思うな。
わしが心筋梗塞で倒れたのが親父が脳梗塞で倒れるより1年早かったし、その後もわしは転職したりニートになったり放浪の旅に出たり、結婚もせずにフラフラと生きていたから やっぱそれなりに心配を掛けていたと思うし スネもしゃぶりつくすくらい齧っていたんだと思うわけだ。
愚息で申し訳なかったのぅ・・・(ノ_-。)
実は11日にわしの爺さんの25周年忌があって その時に親族と坊さんが集っていたんだが、数日後に再び一同が介するとは思ってもいなかったな。
わしも親戚や知り合いの葬式には何度か出席したことがあるんだが、我がBARA家では身内の葬儀は25年ぶりのことだったんで 葬儀の当事者としての作法とかシキタリとか行事なんてのは今まで考えたこともなかったからなあ。 結局 葬儀手順の一切は葬儀屋にまかせっきりだったんだが、そういう意味では 今回の葬儀には社会人として いろいろ学ぶことが多かったと思うぞ。
今回 この歳になって初めてマイ数珠なんかも揃えることになったが やっぱ独身だと同世代の所帯持ちなんかに比べて親族や世間的な付き合いも希薄になるから 冠婚葬祭の知識は年齢の割に知らない事が多すぎる、と痛感したな。
わしはBARA家では次男坊という立場だから「家を継ぐ」という使命もないし 独身だから家系図の枝葉も増えないまま終わっちゃうと思うんだが、姪っ子や甥っ子なんかも爺ちゃんの死に顔を見る機会が出来て色々思うところがあったみたいだし、やっぱ「家」という制度はそれなりに大事なんだろうなあ・・・。
葬儀関係で感じたこと 思ったことは今後 折を見てポツポツ書いていこうかと考えているんだが、、、、
とりあえず わしらの年代になるとそういう葬儀関係に出席する機会も多くなるだろうし、フラフラ生きていくのも宿命かもしれないが せめて親戚縁者には恥ずかしくないくらいの香典が包めるくらいの蓄えは今から作っておかなきゃダメだ、ということを強く思い知らされたな・・・
(;´o`) フゥ・・・
投稿者 BARA : 11:28 PM | コメント (4)
March 16, 2007
お知らせ
喪中につき 日記はしばらくお休みいたします