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January 09, 2006
愛と死を見つめて
ラジオを聴いてて初めて知ったんだが 今日 1月9日は「成人の日」であると同時に 「クイズの日」なんだそうな。
9月12日じゃなくて何で今日なんだろ?なにかクイズに関する云われでもあるのかな~?、、、なんて思っていたんだが、実は「1」と「9」で「一休さんだから」というのが理由らしいぞ。 クイズじゃなくて頓知だろ、そりゃ・・・
まあ 11月22日が「いい夫婦の日」とか 3月3日が「耳の日」とか 毎月23日が「ふみの日」とか 「3のつく日はスリーの日」とか・・・
こういう語呂合わせの記念日というのは作ろうと思えばいくらでも制定可能だと思うんだが、そう考えれば「1月9日」だって「クイズの日」以外に もっと考えようがあるんじゃなかろうか?
「1」と「9」で・・・イ・・・
・・・・ (//∇//) (←?)
で、ちょっと調べてみたら やっぱり結構あるもんだな。
「8月17日」の「パイナップルの日」とか「5月29日」の「こんにゃくの日」とかは まあスタンダードだとは思うが 「10月20日」の「リサイクルの日」とか「11月25日」のハイビジョンの日」とかは 「クイズの日」よりも頓知がきいてるし。 それにしても「1月23日」と「12月3日」の違いがわかんないな。
しかし11月は「いい」と読めるだけあって記念日が多いな。 じゃあ11月19日も業界として何か提案したほうが良いとは思うんだが・・・(←?)
まあ わしとしては7月21日がちゃんとその日に制定されていたことに深い安堵を覚えてしまったから良しとするか。でも なんでアメリカでは5月2日なのかな?使う指の数か?(←こら)
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さて、予告どおり 今日は仕事で休日出社の予定だったんだが、実は一昨日の夜に身内に不幸があって 昨日と今日はお通夜と葬式でバタバタしていたわけだ・・・。
いきなりだったんで今日の仕事も他の人に代役を頼むことが出来ずに 朝は現場に行かざるを得なかったんだが 作業は上司と下請け業者に丸投げして 結局2日連続で下関と萩を行き来することになったぞ。
連休は仕事があるんで実家に戻る予定は無かったんだが そうもいかなくなったな。おまけにこの数日は冷え込んでいたから山道の路面は凍っていたし 車は危ないから使わないほうが良い、といっても 駅が無くなって電車も動いてないからな・・・車の運転に神経を使って しかも2往復で400キロだもんな。葬儀関係よりもそっちのほうで結構疲れてしまったな。
わしも葬儀関係に出席するのは何年ぶりかだったし、ああゆうのって宗派によって微妙に儀式も違うから 作法とかしきたりとか 結構知らないことが多かったな。 まあ実際は進行なんかは葬儀屋に丸投げなんだろうけど わしとそんなに年の変わらない従兄弟が喪主を務めていて それなりにしっかりと挨拶したり振舞っていたりするのをみて 自分がもし同じような立場だったら そこまでできるのか?と感心すると同時に 年の割りに常識の無い己を「いかんなあ」と思ったりしていたわけだ。
親からは「あんた、数珠とか持ってないの?」とか言われたんだが わしらの年代の人って みんな「MY数珠」とか持っているものなのかなあ? 家持ちだったら神棚とか仏壇とかもあるかもしれないが 独身のアパート暮らしでは なかなかそうもいかないし、慶事ならともかく葬儀の作法とかは覚えたり場慣れするレベルまで経験したくない、という気持もあるから その場その場でその道のプロに任せても良いんじゃないかな?
わしの感覚では 葬儀というのは 坊さんの唱える訳のわからない念仏を聞いて 焼香して終わり、というイメージがあったんだが、今日の葬儀ではお坊さんが念仏のリズムに乗せて 「故○○は~ ●●会社に勤め~ 性格は生真面目で~ 菩提寺の草むしりをして功徳を重ね~・・・」とか 故人の生前の業績とか成績とか性格とか 簡単なプロフィールを紹介していたな。
これはお経に比べて聞いていても内容は理解できたし、故人の言葉なんかは口語体になっていたりして なかなか興味深かったし、今まで知らなかった叔父の一面を知ることが出来たりして ちょっと聞き込んでしまったぞ。
もちろん宗派によっても違うんだろうし、最近はお経をテープで流してしまうようなお坊さんもいると聞くが お坊さんもある程度エンターティナーとしての要素が必要な職業なんだな・・・・
と、同時に わしがもし 突然この世を去ることになったならば、坊さんは読経のリズムに乗せて わしの何を語るのか、考えただけでも少し怖くなってしまったな・・・
「故 BARAは職業を転々とし~ 結婚もせず~ ネットで怪しげな日記を~・・・」とか 遺族の前で語るのだろうか?
今日は成人式なんだが 新成人の方々は式典で 「オトナとしての自覚を持って・・・」とか 色々と説教を垂れられたと思うのだが、既にダブル成人式を終えた人生の先輩として わしからは、「死ぬときに後悔の無い生き方をして欲しい」という言葉を送らせてもうらおうかのぅ・・・
たとえば不慮の事故なんかで突然命を絶たれたときに、親兄弟が遺品の整理をしようとして ふと本棚の裏からAVなんかを発見してしまったら 悲しみとは別に哀れみも受けてしまうからな・・・
わしの良く知っている人の話だが その人は初詣のときに「今年 また一年 生きることができますように」・・・と、神様にお祈りして 常に「悔いなく死ねるか?」ということを胸に刻んで自分を鍛えているんだそうな。 つまり「死を覚悟して生きることの意味を知る」ということなんだろうな。
・・・「鬼として 死とともに生きる」、か・・・・(*´ -`) (←誰の話だ?)
投稿者 BARA : January 9, 2006 10:37 PM